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戦前の得月楼
陽暉楼
江戸時代、土佐藩では芝居や料亭は厳禁されていたが、明治に入り解禁となった。
禁制が解かれると鏡川湖畔にお茶屋町・玉水新地ができあがり、 妓楼や芝居小屋では毎夜三味線や鼓の音が鳴り響き、男女が歓楽する町として賑わった。
陽暉楼は明治三年に創業。すでにいくつか大楼があったが当時としては斬新な企画を次々と開催した。
書画会を起こし、文人墨客を集め土佐ではじめて大墨画会を催したり、会席料理の導入、 大広間に著名人の絵や書をかかげたりした。やがて名が高まり、連日賑わうようになった。
明治11年、中秋の名月の日に熊本城から凱旋した将軍谷千城の帰国祝いをかねて観月会を開催。
その時、谷千城が「近水楼台先得月、向陽花木易為春」の詩から「陽暉楼」を「得月楼」と命名した。

得月楼本店正面

得月楼本店裏面
宮尾登美子
昭和初期の花柳界を描いた
宮尾登美子作「陽暉楼」。
映画化されたこの小説の舞台となったのが当時稲荷新地にあって隆盛を誇った得月楼です。
胡遊(名取:若柳吉喜寿)
高知県における日本舞踊界の礎を築いた舞踊家の一人。若柳吉喜寿という名取であった。
桃若
戦前の得月楼の写真(本店:支店)

得月楼正面

得月楼大広間

得月楼高陽の間

得月楼本店より望む浦戸湾

得月楼地下道

得月楼中店

得月楼中店

得月楼室戸館広間

得月楼種崎支店

得月楼須崎支店

得月楼須崎支店
陽暉楼 生垣跡地(現在の写真)

玉水町





